線は僕を描く
水墨画で語り合う芸術家の世界
〜はじめに〜
この作品は帯の一言を見た瞬間、手に取り購入していました。
「何か作り出す人に響く一途さ。一歩を踏み出す勇気の書」
今読まなければならない作品だと思った。
〜作品の概要〜
○作品名:線は僕を描く
○著者:砥上裕將
○出版社:講談社
○発売日:2019年6月27日
○ページ数:317
線は僕を描く。とても繊細なタイトルに思える。まだ読むまでは「線」が何を意図しているものなのか分からず、そんな印象を持った。
芸術家とは繊細な人が多いように思える。それだけ感性が研ぎ澄まされ、些細な変化に気付きやすい人柄の人が多いのだと勝手に思っている。
〜大まかなあらすじ〜
芸術という分野の中でも水墨画に着目されたこの作品。
両親を亡くした主人公。真っ白な世界にいた主人公がある日、友人の誘いでアルバイトを頼まれた。水墨画の展覧会でのアルバイトだ。そこで出会った老人。その方こそ水墨画で有名な大芸術家さんであった。
主人公は「目」が酷く気に入られ弟子として水墨画の世界に入り込む才能。そしてライバルとの切磋琢磨。
このようなあらすじの物語である。
〜感想〜
とても主人公や世界観に吸い込まれる作品であった。主人公の彼にとても魅力を感じるのである。それが私自身、憧れという感情なのか、同気相求からくるものなのか判断はしかねている。
私は少し音楽をかじっていた。本当に素人に毛が生えた程度である。そんな私のなかでひとつ、この作品内に理解と同意を示した言葉があった。
それは、
「必ずしも拙さが巧さに劣るわけではないんだよ」
という言葉であった。
現在インターネットの発達でどの分野においても、技術に関して多くの情報があふれている。その気になれば誰でも多くの技術を取得できる時代である。この作品内での登場人物の苦悩は「自分らしさ」を作品にどう反映させるかという部分であった。
技術が拙い人が書いた絵や、歌った歌も多くの人の心を打つ場合がある。それはその人の人柄や、生き様などのバックグラウンドがその作品に反映されている結果なのだと思う。
だからこそ上手い、上手くないという評価は、1つの面しか見えていない意見だと私は思っており、多きな意味を成さないと考えている。もちろんこの意見は上手い・上手くないという言葉を「好き」「嫌い」に混同している場合の話である。
この作品のタイトル、「線は僕を描く」という通り、作品内でも水墨画を通してお互い会話している。ライバルや大芸術家の師匠など、同じ道を歩んでいる人同士のその会話は側から見るととても異様な光景だ。しかし、自分に置き換えて考えてみるとそれほど楽しく充実した、作品を通しての会話をできることが羨ましく、またかっこいいとも思えてくる。
線にその人そのものが水墨画の世界では現れるようだ。そこまで感覚が研ぎ澄まされる事が出来るとまた世界が変わって見えるのではないかと拝読中感じた。
〜最後に〜
この作品は私にとって自分を見返す良い機会を得た作品であった。また多くの刺激を受けた作品でもあった。作品中に多く出てきた「四君子(しくんし)」の中の「蘭」はどうしても気になり検索したほどである。
何か自分で作品や行動を起こしている人には一度読んで頂き、感想を頂戴したい作品であった。