52ヘルツのクジラたち
〜はじめに〜
本屋大賞の発表が近々ある事が分かり、とても楽しみにしていた。ノミネート作品の中で読んでいた作品は芥川賞をとっていた※「推し、燃ゆ」のみであった。発表があると知ったのが遅すぎた為、全てを読むには時間が足りなさすぎた。
※前に投稿した「推し、燃ゆ」の感想はこちら!
だからこそ、大賞を取った作品を必ず読もうと決めていた。
そして2021年4月14日に本屋大賞の発表。この作品が選ばれたのだ。
「52ヘルツのクジラたち」
周波数の違いでこのクジラの声は仲間のクジラに届かない実在するクジラである。それゆえこの52ヘルツのクジラには別名がある。
「世界で最も孤独な鯨」
引用:wikipedia
である。
世界で最も孤独なクジラたちというタイトルとなっている物語である。
〜こんな人におすすめ〜
- 深く読書の世界に没頭したい方へ
- 孤独を感じている人へ
- ネグレクトに関係のある職業についている人へ
〜作品の概要〜
○著者:町田そのこ
○出版社:中央公論新社
○発売日:2020年4月18日
○ページ数:260ページ
○読み終えた時間:約4時間半
著者について
町田そのこ(まちだ そのこ、1980年3月9日)は日本の小説家。福岡県福岡生まれ。
10歳のときに、母から薦められて氷室冴子の「クララ白書」を読んで、創作の世界に夢中になり、「絶対に作家になろう」と思ったという。
本屋大賞時に涙していた彼女。彼女の言葉で印象的な言葉は、
「無名に近い私の本が」
「私の力じゃない」
という言葉であろう。
私の読書熱が再燃したのは既に本屋大賞2021のノミネートが決まった後であったため、この作品が「ノミネートされている」という事は知っているだけであった。そしてこの大きな舞台である本屋大賞に、出てくる作品の著者が「無名」ということに驚き、また夢の広がる世界だなとも思った。
読み終えた後だから言うが、このような素晴らしいと思わされた作品を書いている著者が無名なのである。厳しい世界であると理解したとともに、読者にとっては、まだ眠っている作品や著者は多いであろうと夢が広がる言葉であった。
そして「私の力じゃない」という言葉。
読んだ内容は本当に素晴らしかった。しかし、それでも売れないという事は往々にしてあるという事だ。この本屋大賞という賞は全国の書店員さん(いわゆる本屋さん)の投票だけで選ばれる賞である。そのため売り場から多くの書店員さんが選び抜いた作品なのである。そこにはもちろん出版社の人が営業をかけたり、読者に人気のある作品というのも注目を浴びるであろう。
そのようにとても多くの方々が関わっている賞なのである。そのため、この”町田そのこさん”はインタビューの際、その全員に感謝の念を伝えている。
作品が素晴らしいにもかかわらず、謙虚な姿勢にとても好印象を持った方であった。
大まかな概要
ある港町に引っ越してきた女性。この女性こそが主人公である。しかし、それ以外の情報はなく始めは主人公がなぜこの場所にきたのか、どのような人なのかという事が全く分からない。そんな中、現在の物語が進行してゆく。
そこで人との出会いや昔の友人との出会い。または孤独に苦しまされている事などを通じて、過去を思い出す時に回想シーンが入り、ゆっくりと彼女がどのような人であり、どのような経緯で今現在を生きているのかという話に流れてゆく。
そんな中出会った少女なのかと間違えてしまうほどの美形で言葉を発さない少年との出会い。ふたりの物語である。
目次
- 最果ての街に雨
- 夜空に溶ける声
- ドアの向こうの世界
- 再会と懺悔
- 償えない過ち
- 届かぬ声の行方
- 最果てでの出会い
- 52ヘルツのクジラたち
感想
この作品のここがすごい!
とても深く静かな深海で光と声を求め続けている
この物語はどんどん深く心にリンクしていくような作品であった。深い深海へと引きづりこまれるような感覚だ。
ずっと主人公と少年が求めていたものは、「光」と「声を聞いてくれる人」であった。深海の地に足をつけ前後左右、上下までもが分からない。どちらに進めばよいかなど分からない。そんな状態であった。
誰にも声が届かず、「52ヘルツのクジラ」のような孤独を感じていたのだ。
上記したことの何がすごいのかというのは、この小説の全体的な印象である、「静か」という部分にある。前回紹介した※「サラバ!」は熱量のすごさが際立った。しかし、この作品の印象は「静かさ」なのだ。
※前回投稿した「サラバ」はこちら!
主要な登場人物が過去の経験もあり、我慢をする・感情を表出しないということに慣れていた。そのため感情の表出が激情して表現されているという形ではなかった。静かでうちに秘めている。そんな雰囲気だ。
そのため「深海」という言葉がとてもしっくりきたのだ。静かで光も音もなかった。そんな小説だ。
印象に残ったシーン
過去の経験がフラッシュバックし、過去の傷が痛み、孤独に潰されそうな主人公。泣き崩れているところに少年がやってきた。そしてその少年は彼女の
過去の傷があるお腹をぐるぐると擦ってくれていた。
こんなシーンがある。
なぜなのだろう?と思った。
この少年自身も、とても辛い思いをしている。しかし、こんなにも人に優しくできる。
これは子どもだからなのであろうか?それとも辛さが分かるからなのだろうか?また泣いている人がいるとそのような行動を取りたくなる人間の本能なのだろうか?
まだ少年に主人公は自身の過去を話していないはずなのに…
こんなにも心が温まるシーンはない。しかしそんな温かい気持ちにさせられても、まだまだ彼らは深海にいるように私には思えた。そこでお互い身を寄せ、光が指してくれることを願っているという印象に思えたのだ。
そんな静かで冷たい場所にほんのり暖かさを感じたシーンであった。
考えさせられた事
今回の話の軸となっている問題点は、ネグレクトと虐待であると思う。
ここに関してはとても考えさせられた。
2020年11月18日
厚生労働省のまとめによりますと、昨年度、18歳未満の子供が親などの保護者から虐待を受けたとして児童相談所が対応した件数は全国で19万3780件にのぼりました。引用:NHK NEWS WEB
間違えないでほしいのは相談対応件数であり、実際に起こっている件数ではないと言う事だ。未成年が児童相談所に連絡するという事は、とてもハードルが高いように感じる。
この件数の子ども達が毎年苦しんでいるということだ。
この話をすすめるにはきっと虐待をする親の気持ちを知らなければ分からない部分であると思うが、どうしても私には今の知識では理解できなかった。これに関しては勉強不足であると思う。
しかし、毎度思う事として
自分が血を分けた子どもすら愛せないのに誰を愛せるというのか?
なぜそのような無責任ができるのか?
そのような疑問が浮かぶ。それではパンダとかわらないではないかと…
それと同時にこの作品を読んでいて、ひとつ虐待の原因となっていると思われる、「子どもを育てるということの難しさ」も同時に考えさせられた。
私は子どもも妻もいない為、子どもを育てるというのは現在の仕事柄、療育という部分でしか知識がない。自身の子どもを育てるという行為を知らないのである。
だからこそかもしれないが、教育にまず正解があるとはどうしても思えない。溺愛しすぎると、子どもは子どものまま成長し、愛情が足りないと子どもの心は荒んでゆく。両極端な意見ではダメであり、バランスが大事ということは理解できる。
しかし、それはバランスをとる能力とともに、自分を制御する強い自制心も必要であるように思える。このバランス感覚と自制心によって子どもの人格形成にとても重要な影響を与えるのではないかと思わされた。
この愛情の掛け方というのは千差万別であろう。またこれに関しては勉強が必要であると考えさせられた。
最後に
とても静かな深海の底で見つけて欲しい、私たちの声を聞いてほしいと声にならない叫びが記された作品に思えた。
しかしひとつ勘違いしないで頂きたいのは、決して悲しく、重いだけの話という訳では無い。この作品の主人公や少年のような経験・想いをしたことのある人々であれば、前を向ける、勇気を貰える作品なのではないかと思う。
また彼女らの孤独に、無責任と分かっていても声をかけたくてたまらなかった。それが無責任な優しさであったとしても、どんどん深くこの作品内に入り込んでゆく、私の気持ちはさながら登場人物の「アンさん」になりたくてしょうがなかった。もしくは、憧れを抱いた登場人物であったのかもしれない。
この作品のもう一つの印象は「とても繊細で優しく感じやすい人の書いた物語」という印象であった。”町田そのこさん”の作品を初めて読んだ為、著者によってなのか作品によってなのか分からないが、前日に紹介した「サラバ!」との色の違いに驚くとともに惹きつけられた部分でもあった。
そしてこの作品を読む際ずっと読み終えるまでYouTubeにて「クジラの鳴き声」を聴いていた。この作品を読むまで聞いた事が無かったためとても興味を持った。感想としては、とても神秘的で心地よく、落ち着きを得られる、そんな鳴き声(歌声)であり、この本を読むにはぴったりであったかもしれない。集中力も途切れさせられることはなかった。
クジラの歌声⇨YouTube
最後にひとつだけ注意して欲しい事がある。
この作品において感受性の豊かな人は読む場所を考えたほうが良いかもしれない。
登場人物の気持ちに引っ張られたり、泣いてしまう人も多いと予想している。
私も少しウルっとくる場面があった。
是非本屋大賞をとったこの作品を読んでいただきたい。
読んで損することは一つもない作品であると思います!
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